ひととき

日々の出来事について書き留めていきたいと思います。

ハンドクラフト

最近ハンドクラフトにはまっている。

 

仕事柄、オーブン粘土を触ることがあり、ちょっと触ったらみるみるはまってしまった。

ものづくりは楽しい。

自分の手で何かを生み出すということはとても楽しい。

 

いずれはminneに出店したいと思う。

 

やはり老後は園芸家兼アーティストとして生きていきたい。

 

おわり

 

文化の巡り

小学生の頃からインターネットに触れ、やがてスマートフォンを持つようになり、

さらにネットが身近になって、

沢山のサービス、SNSが生まれて、

こんな風にブログを書くこともできるようになった今。

 

色々と思うことがある。

 

溢れかえる情報は、重なる情報と日の目を見ない情報でさらにごった返している。

 

情報の量はとどまることを知らない。

 

毎秒毎秒ものすごい量の情報が増えていく。

 

この世の概念には、有限というものがあるのに、情報に関してはまるで限りがない。

 

今まで1人の脳みそ内にだけ止まっていた情報も一瞬で世界へ広がる。

 

私たちの脳みそは昔から変わらない。

 

なのに情報だけが増えていく。

 

1人1人が持つ時間も変わらない。

多少寿命は伸びただろうけど、活発な活動期はあまり変わらない。

 

果たして私たちの脳みそはそれらの情報に対峙できるのだろうか、できているのだろうか。

 

もし、対峙しているとなると、きっとその分のなにかを犠牲にしている。

 

それは、時間も脳みそも有限だから仕方のないことである。

 

ただ、私たち現代人はそのことに気づいていないのではないかと思う。

 

どうでもいいニュース、何度も見た映像、無意味な情報たち。

 

これらに侵食されていないか。

 

 

SNSに依存している人にも同じことが言える。

どうして投稿するのか。

 

どうして毎分のようにタイムラインをリロードしてしまうのか。

 

暇さえあれば、アプリを起動させてしまうのはなぜ。

 

冷静になった時、ふと我に帰る。

 

どうしてシェアしたくなったのか。

 

本心から良いものを伝えたい、ということもある。

 

反響を見たい時もある、消息を伝えたいときもある。

 

うまく撮れたから見てほしいときもある。

 

ただ、もしもネットがなければ、それらの気持ちはどうしていたのだろう。

 

もどかしくざわざわした思いが頭をよぎった。

 

 

 

今はインターネットの文化の成熟期でもあると思う。

 

インターネット人口が増え、昔よりもお節介な人が増えたことで、すぐに違和感のあるものは排除、通報される。

 

晒した上で自分の意見を上塗りする人もいる。

 

これらは、まるで昔の近所付き合いのような感じなのではないかと思った。

 

昔ほど今は近所付き合いが深くない。

 

まして集合住宅では、隣の人がどんな人なのか知らない人も多いと聞く。

 

その分のエネルギーがネットに注がれていると考えても不自然ではない。

 

しかし、インターネットもこれから、他人には興味のなくなり、素っ気なくなる時代が来るだろう。

 

今ほど炎上したり、晒されることもなくなるだろう。

 

それはきっと、わざわざネットに上げる人も少なくなるだろうと思うからだ。

 

本当の幸せや喜びは自分だけが知ればいい。味わえればいい。

 

今でもきっとそうだと思う。

 

それに気づきだした人はそっとインターネットから消えていく。

 

自分の好きなこと、気に入っていることに対してアレコレ言われる筋合いはないのだから。

 

 

 

今でも、働き方のことや、会社やお給料のことでブラックだ、なんだと声を上げている人がネットに散見している。

 

しかしながら、実際のところは、きちんと定時で働いて、満足して働いている人も多くいる。

 

自分自身、そういった企業の近くを通勤で通るときにそのことを実感する。

 

それらの会社から出てくる人々の顔は明るく、人通りが多いのは8時と17時から18時であり、ライフワークバランスもきちんと取れているのだろうと簡単に推測できた。

 

しかしそういった声をネットで見ることは少ない。

 

本当の幸せや満足を知る人はネットでわざわざ見知らぬ人に発信しないのだろう。

 

この波が広がることを信じたい。

 

きっとこれから、インターネットの世界はより腐敗していく。

 

うまく利用して、呪縛から逃れたい。

 

 

あれこれ書いたが、言いたいことは、人間の脳みそは有限であること。

自分の意思で活動できる時間は限られていること。

 

情報を処理する容量にも限りがあるのかもしれない。

 

 

夢と目標を忘れないでいたい。

 

おわり

 

 

 

駄作だった

以前絶賛していた映画、ペンギンハイウェイのブルーレイが届き、1週間ほど放置した上でやっと観た。

 

結論から言うと、とても微妙な映画だった。

 

劇場で見たときと全然印象が違った。

 

何故だろうかと考えたところ、思い当たるのは、ブルーレイではエンディングで宇多田ヒカルの歌が流れないからではないかと推測した。

 

終わりよければ全てよしと言う言葉があるように、終わりに自分のすきなこと、ものがあればそれだけでかなり満足度が上がる。

 

とてもシンプルで簡単である。

 

日常でも使えるテクニックだと思う。

 

仕事の終わり

1日の終わり

1週間の終わり

月の終わり

 

に好きなこと、テンションの上がることをしたらきっと日々の生活の満足度がグッとあがるはず。

 

おわり

 

続けること

続けることは上達の秘訣であると思う。

今日は久しぶりに動画を作ったりする仕事をした。

簡単な紹介動画程度ならと、引き受けたものの、久しぶりに作るとなると、手も頭も動かない。

自信のあった動画編集も、久しぶりだとできなくなってしまっていた。

 

これはどういうメカニズムかは分からないけれど、続けなければ、身につけたスキルも衰えてしまう。ただ、一度身につけておけば、衰えても比較的早く取り戻せる。

モノによるけれど。

 

肉体的にもきっとそうだと思う。

加齢による劣化はあるにしても、一度乗れるようになったり、滑ることができるようになったりすると、ずっとできる。

 

学習面ではどうか。

今日久しぶりに昔の自分の日記を読むと、大変面白かった。

文章が活き活きとしていた。

かつては小論文模試や小論文コンクール、読書感想文コンクールなどを無双していただけあって、その文字の操りは今の自分には考えられなかった。

当時は毎日毎日日記を書いていたし、膨大な読書もしていた。

きっとその積み重ねが、文章に華を持たせる理由なのだろう。きっと文字にすることも続けていけば、きっと上達する。そう信じたい。

 

文章は夜に書いてはいけないと言われているが、自分は夜に書いた文章を気にいる傾向がある。頭の中の雑念を整えるためには、夜に執筆することは重要であると思う。

 

最後に、今日帰りの電車の中で吉本ばななの本の広告を見た。

正直吉本ばななの本はあまり好きではなく、一度も一冊まるごとを読んだことはない。さくらももこのエッセイは大好きだけれど。

そんな吉本ばななの新書は少し惹かれた。少し読んでみたくなった。

ただ、レビューを見てなえた。

また今度にしようと思う。

 

来月から少しづつ生活の流れを変えようと思う。より日常の中に創作の時間を増やそうと思う。

小学生中学生の時のような、早く家に帰って、〇〇をしたい、作りたいのワクワクする気持ちを味わえたらいいなと思う。

 

おわり

 

回想

今日、帰り道にお腹が空いたので、なか卯に行って晩御飯を食べた。

安定の夜定食である。590円。

いつものように秒で出てきてほんとすごいと思いながら食べていたら、

若めの白人女性が1人で入店してきた。

観光客なのかはわからないが、券売機を知らなさそうだったので、初のなか卯だったのだと思う。

店員さんが対応するまでソワソワしていた。

券売機を教えてもらって、おそらく英語モードで注文をしていた。

トンテキ重?みたいなやつを頼んでいた。

その白人女性は自分の正面のカウンター席に座った。

そしてすぐに品が出てきて、食べていた。器用に箸を使って。

 

 

この一連の流れを見ている時に、自分の留学時代の思い出の、書庫に格納されていたレベルの思い出が一気に呼び起こされていた。

 

1人で初めて食べた食事のこと

メニューが分からず困って店員さんに助けてもらったこと

バス停を間違えて降りて2時間くらい歩いたこと

留学初日に購入した自転車を2日目で盗まれたこと

語学学校で親切だった人のこと

マクドナルドのおいしさ

巨大なスーパーでの買い物

ホームパーティをしたこと

 

 

急に懐かしくなって、いろんなことを回想した。

異国の地で異国の食事を異国の人の中ですること。

ワクワクと緊張の入り混じったあの気持ち。

 

きっと今日見かけたあの白人もそんな気持ちだったのかもしれない。

慣れない箸を一回一回持ち直して食べる様子は、どことなく楽しそうだった。

 

自分が初めてインアウトハンバーガー🍔を食べた時もあんな感じだったと思う。

 

もう二度と味わうことはできないかもしれない瞬間だけど、

その傍観者になることはこれからもあるかもしれない。

自分は干渉することなく周りで暖かく見守る人でありたい。

 

おわり

 

ペンギンハイウェイのコレクターズセットを予約した

 

アニメは普段からあまり見ないのですが、

2018年の夏に見たペンギンハイウェイという映画がどうしても忘れられなくて、ブルーレイを予約してしまった。

 

なぜ見たかというと単純で、主題歌を宇多田ヒカルが歌っていたからである。

 

そんな気持ちで映画館に行ったら、映像の美しさ、音のきらめきに心が踊った。

 

映像の中の描写はなぜか懐かしい。

後から調べたら舞台は関西らしい。

道理で見たことのある電車や山並みが見えたんだ。

 

内容はあまり覚えていない。

でも、主人公の男の子と昔の自分がなぜかとても似ているような気がして、

感情移入してしまった。

 

そんな映画を今度は家でじっくり観たい。

コレクターズセットが届いたらしっかりと楽しもうと思う。

 

おわり